熊本県菊池市

お年寄りは「きらりびと」
廃校舎を舞台に人々が“対流”

NPO法人 きらり水源村

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「ないものねだり」でなく「あるものさがし」から

改修前の菊池東中学校。改修工事には多くの地元住民が集まり、母校との別れを惜しんだ

改修前の菊池東中学校。改修工事には多くの地元住民が集まり、母校との別れを惜しんだ

旧水源村エリアは、昔ながらの風景が残る山間の里

旧水源村エリアは、昔ながらの風景が残る山間の里

「地域おこしで大切なのは、『ないものねだり』じゃなく『あるものさがし』なんですよ」

NPO法人きらり水源村事務局長で、活動の推進役である小林和彦さんは「僕が言い出したことじゃないけど」と笑いながら続ける。「ここには高速道路がない、新幹線がない、だからダメなんだ、なんて言っていても始まらない。菊池は田舎で山しかないんじゃなくて、山があるし川があるし森がある、そこから何ができるかを考えないと。きらり水源村の活動も、そうやって始まりました」

きらり水源村が最初に取り組んだのは、彼らが「きらり人」と呼ぶ地元の達人たちの発掘だった。

「魚捕り名人、きのこ取り名人、料理名人、そういう人が地域にはたくさんいます。まさに、地元の宝、無形の財産です。彼らのワザを、子どもたちに伝える場を作りたかったのです」

地元に伝わる岩下神楽を伝承したい、という声もあった。子どもの数が減って、子ども同士で遊ぶ場が減っているという危機感もあった。開館からほどなくして、現在も続く「きらり神楽教室」や「水源子どもの広場」、夏休みの子ども自然体験キャンプ「子ども村」などの活動がスタートした。

「地元に、こんなにすごい人たちがいたなんて、ちっとも知りませんでした」と、常勤スタッフの中で唯一の地元っ子である茂藤さおりさんは言う。彼女は、この菊池東中学校の卒業生でもある。

「この町を出て、ずっと熊本で事務の仕事をしていました。実家に戻ったとき、たまたま回覧板で交流館のスタッフ募集を知り、2008年の6月からここで働いています。自分の母校がどうなっているのかな、という軽い気持ちでしたが、今は毎日が地元再発見です」

裏山に竹が繁りすぎたから少し刈り取ろう。刈った竹はどうしよう? すると竹細工名人が現れて、子どもたちといろいろなものを作り始める。竹を割り、おばあちゃんがそうめんを茹で、あっという間に流しそうめん大会が始まる。春ならタケノコ料理も付く。「そこにあるもの」が、遊び道具やおいしいものに、次々と変身していく。それが、きらり水源村のやり方なのだ。

「地元を再発見」してみんなが自信を持った

地元の農家などが先生となり、子どもたちにさまざまな体験プログラムを提供

地元の農家などが先生となり、子どもたちにさまざまな体験プログラムを提供

巨大コンサート「ap bank fes」の会場に乗り込む、菊池村の面々。いちばん右が事務局長の小林さん

巨大コンサート「ap bank fes」の会場に乗り込む、菊池村の面々。いちばん右が事務局長の小林さん

茂藤さんの「毎日が地元再発見」という感想は、そのまま地元の人々の感想でもある。

「この交流館を立ち上げるに当たって、私も昔からよく知っているNPO法人、九州沖縄子ども文化芸術協会、通称『こどもあーと』が主導的な役割を果たしました。今も一緒になってさまざまな企画を運営していますが、中でも彼らがいちばん最初に立ち上げた「おいしい村づくり」というプログラムは、今も交流館の看板イベントであると同時に、地元の女性たちを大変身させたんですよ」と小林さん。

この「おいしい村づくり」は、親子の農業体験と、そこで取れた地元食材による料理・試食を組み合わせたイベントだ。あるときは大豆の収穫から豆腐作りまでを体験し、あるときは泥だらけになって苗床を整備し、またあるときはイチゴ農家を手伝って手作りのイチゴ大福を味わう。地元特産のケールの天ぷらづくりや茶摘み体験などなど、実に多彩な催しが、毎月1泊2日で開催されている。

「そこで先生になるのが、交流館の加工部会に所属している10人の地元のおばちゃんたち。普段からしょっちゅう集まってお料理の試作などをしていますが、クラブ活動みたいに楽しそうですよ」と茂藤さんも微笑む。

もともと、ごく普通の農家の主婦だった50代から70代の女性たちが、今では地元のシンボル的存在としてパンフレットの表紙も飾っている。イベントには地元以外からも多くの人々が参加するが、かつては無口で後ろに引っ込んでいた彼女たちが積極的に話しかけ、あっという間に仲良くなってしまう。彼女たちも、交流館を通じて地元を再発見し、自信を持ったのだ。

地元のおばちゃん、巨大コンサート会場へ

加工部の女性たちは、普段は交流館の厨房でにぎやかに働いている

加工部の女性たちは、普段は交流館の厨房でにぎやかに働いている

加工部会の女性たちに話を聞いた。とにかく元気だ。

「子どもらが育ち盛りの頃は、やっぱりハンバーグだとかカレーだとか、そんな料理が中心だったけど、歳を取ると昔ながらの料理が食べたくなりましてね。のっぺ汁、煮しめ、白あえ、とじこ豆、ゆべし…そんな料理を、加工部会のみんなで教え合うんです。楽しいですよ」

「ひとりが先生じゃなくてね、みんな何かしら得意料理があるから、順々に作ってみる。ここに来たおかげで、よく作るようになりました。中学生の孫たちが喜んで食べてくれますよ。娘はダメだな(笑)。憶えようともしない」

「私は3年前にここに戻ってきて、この会に入ったおかげでお姑さんから教われなかった料理をたくさん勉強できています。夫も私がイキイキしてるんで、喜んでます」

「充実してますよ。よくしゃべるようになったし、みんな元気になった」

「忙しくって病気するヒマがないですよ(笑)」

そう、実際彼女たちは忙しい。交流館の食堂を任されているし、イベントがあれば食事を作る。最近は海外からの訪問客も増えており、ホームステイも受け入れることがある。ナイジェリア、ブータン、イギリス、韓国、世界中の人たちに、彼女らは物怖じせずに日本語と身振り手振りで話しかける。

「年に一度、おばあちゃんたちの修学旅行にも出かけているんですよ」と、小林さんは言う。「一昨年は韓国の農村を訪ねました。昨年は知覧、今年は種子島。どこへ行ってもこの人たちは、すぐとけ込んじゃうんですよね(笑)」

交流館ができなければ絶対に接点の無かった人々との交流が続々と生まれている。中でも、あの坂本龍一氏やミスター・チルドレンの桜井和寿氏、売れっ子プロデューサーの小林武史氏などが設立したNPOバンク、「ap bank」との交流やそのコンサートへの出店は、その白眉と言えるだろう。

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