平成19年度

サルトリイバラで島を復興させよう!帰島から3年、その先に見据える三宅島の未来

●避難解除から3年、三宅島のいま――

 三宅島――。「本土」で暮らす者にとって、その名を耳にするだけでネガティブなイメージばかりが思い起こされる。
 2000年夏の「雄山(おやま)」大噴火。同年9月の全島避難、4年半もの長期にわたった避難生活、ようやく迎えた2005年2月の避難解除、帰島後も続く生活への不安、ガスマスク――。
 恐る恐る訪ねた火山の島……。
 しかしながら、三宅島の人たちの暮らしは至って「普通」だった。
 避難解除から約3年。現在、生活に欠かせない幹線道路および電気・ガス・水道・電話など諸々のインフラは、しっかりと復興している。島民にとっても、島外から訪れた者にとっても、まったく不自由は感じられない。
 一方、今なお島の一部には、火山ガスの「高濃度地区」(居住禁止の地区)が存在し、雄山周辺は「危険区域」「立入禁止区域」に指定されている。
さるびあ丸で伊豆七島・三宅島へ

さるびあ丸で伊豆七島・三宅島へ

 見上げる雄山は徐々に緑を取り戻しつつあるものの、灰色の山肌が目立ち、火山ガスによって立ち枯れした「枯損木(こそんぼく)」が、島のあちこちに見られ、それに伴う土砂崩れの危険箇所も点在しているため、荒廃地の緑化が急務となっている。
 これも現実なのだ。
 ほぼ円形に近い形をした三宅島の中心に位置する活火山・雄山は、おおよそ20年の周期で大規模な噴火を繰り返している。1983年の大噴火の際には大量の溶岩流が発生、島の南西部を飲み込むという甚大な被害を及ぼした。そして記憶に新しい2000年の大噴火。それでも島の人たちは「へこたれて」いない。三宅の人たちはその度に立ち上がり、逞しく「普通に」暮らしている。これが火山の島に生きる三宅の人たちの意思表示であり、矜持(きょうじ)なのだろう。
三宅島全景図、島の中心部が雄山火口(三宅島観光協会HPより)

三宅島全景図、島の中心部が雄山火口(三宅島観光協会HPより)

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