平成17年度

三島の資源は山と高齢者奥会津編み組細工 福島県三島町 三島生活工芸館副館長 五十嵐三美さん

●最初は一軒家から始まった

「最初は心の運動だったんです。近所のおじいちゃん、おかあさんが集まってものづくりをすればいろんな会話が生まれてくる。家庭内でもおじいちゃんと孫が一緒にやればいろんな話もできる。それが大きな理由だったんです」
 そう語るのは、福島県三島町で、「生活工芸館」副館長を務める五十嵐三美(いがらしみよし)さん。
 三島町――。福島県西部、奥会津とも呼ばれるこの地は、尾瀬沼を源とする只見川(ただみがわ)に沿った山里である。
 豊かな自然と明瞭な四季に恵まれ、ひとびとは、野菜を育て、山菜やきのこを採り、神と先祖を祀って暮らしてきた。
 そして、雪に閉ざされる冬になると、三島の里は手仕事の最盛期を迎える――。

 昭和56年、三島町の振興計画の重点施策として「生活工芸運動」がスタートした。これは「文化の香り高い生活工芸の町づくり」を提唱した運動で、地元で採れる天然素材を用いて、昔から伝わる技術技法を使い生活必

「生活工芸館」でヒロロ細工の作業中の女性たち

三島町の編み組細工

需品を楽しみながら作り、さらに「心の豊かさを求める」というものだった。
「若い人は勤めに出るようになり、核家族化が進み人間同士の関係が薄くなってきた。このままでいいのか、という問題意識が生まれてきたんですね」と五十嵐さん。

生活工芸運動の最初は一軒家が拠点だった。そこに、工芸デザイナー、編み組指導員、木工指導員などが指導に当たり、少しずつ人を増やして「楽しみとしてのものづくり」を続けてきた。
 その後、昭和61年に三島町生活工芸館が完成した。デザイナー以外の指導員は、町のじいちゃん、ばあちゃんたちである。それから、ものづくりに取り組む人口が急速に増加し、技術も当初とは比べ物にならないほど向上する。
 当初は10人程度だったのが、そのうち自分でもやってみようという人が増えはじめていった。
「あそこのじいさまがやってるんなら、俺もやってみるか」